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「花村金太郎君!おらんのか!」
すぐに返事をするのをためらっていた花村だが、自分の周りの社員が皆、花村の方に振り返って見てくるため、しぶしぶ手を上げる。 「はい!花村はここにいます!」 言いながら花村は、所長が待つひな壇の上に上がっていく。 「よくがんばったな!」 所長が花村の手を取り、ぎゅっと握り締めなが言った。 「ありがとうございます」 迷惑そうな顔を隠そうともせず花村は答える。 社員全員の拍手に送られて、ひな壇を降りる花村。 「それでは解散!各自業務につくように!」 部長の言葉で皆がそれぞれ散っていく。 「やっと開放されたよ」 呟きながら花村は外回りの営業に出て行った。 「無駄足でしたよ、紅谷さん」 紅谷の会社の一階にある喫煙スペースのソファに座り、タバコをふかしながら花村は言った。 営業といっても、借金の取り立てである。 笑顔ではあるが、腰を低くはしていない。 「だから僕は最初から無理って言っていたじゃないですか。会ったこともないのに」 「まあ、こっちも駄目もとで行ってみたんだけどさ。ほうほうの体で追い出されるし、おまけにバスに乗り遅れるし、変な親父に飯はおごらされるし。さんざんだよ!」 花村は威圧感を前面に押し出して言う。 「どうすんの、紅谷ちゃん!この借金!」 慌てて、紅谷が花村の口を塞ごうとするが、花村のくわえるタバコの火に触ってしまう。 「あちい!」 結局自ら大声を出し、余計に周りの注目を引く。 花村はそれを気にせず続ける。 「もういい加減どうにもなんないでしょ、紅谷ちゃん。このことちゃんと会社に話ししてさ、退職金前借して払っちゃいなよ。その方がすっきりするでしょ」 「いや、そんなすっきりなんかしませんよ、それじゃ」 紅谷が周りに「なんでもない」と無駄な目配せをしながら言う。 花村はそんな紅谷の様子を見て立ち上がり、 「さんざん風俗ですっきりして出来た借金だろうが!」 と周りを見回しながら叫ぶ。 「いやっ!もう本当、花村さん勘弁して下さいよ!場所を変えましょ!ねっ!」 紅谷が花村に抱きすがり、懇願する。 「紅谷!どうしたんだ?」 遠巻きに眺めていた社員の中から、二人に声をかける者がいた。 「あ、相沢。いや、何でもないんだ。花村さん行きましょう」 「でも、お前」 なおも食い下がろうとする相沢に、一つ頭を下げながら紅谷は花村を引っ張るようにして外に出て行く。 「なんだ、あいつ」 相沢は出て行く二人を見送りながら呟いた。 「よかったんですか、紅谷さん。お友達、せっかく声かけてくれたのに」 「花村さん、あんたねえ……」 言いかけて紅谷は自分の立場を思い出したのか口を閉ざす。 「あの人、相沢さんですか?彼に肩代わりしてもらったらいかがですか?あの人、お金持ってそうだし。中々いいスーツ着てました。時計も。」 「あんなちょっとの間に、そこまで見たのですか?」 紅谷が驚きを隠さずに言う。 「まあ、商売柄ね。そんなことより、今日はこれでいきますけど、退職金のこと、真剣に考えてくださいね」 花村は言いながら、ぽんぽんっと紅谷の肩を叩き、最後にぎゅっと掴む。 紅谷の顔が一瞬苦痛で歪む。 すぐに手を離して、花村は去っていった。 「本当に、どうしよう」 去っていく花村を見送りながら、紅谷はがっくりと肩を落とした。 「おい、何だったんだよ、さっきのは?」 紅谷が自分の机に戻ると、さっそく隣の席の相沢が話しかけてくる。 「何でもないって」 紅谷は力なく答える。 「お前、そんなに借金があるのか?」 相沢は単刀直入に聞いてみる。 「何だよ聞こえてたんじゃないか」 「やっぱりそうなのか。いくらぐらいだ?」 「え、まあそれは。いろいろあって……」 紅谷は言いあぐねる。 「いいから言えよ。誰にも言わないから。俺とお前の仲だろ」 言われて紅谷はしぶしぶ答える。 「あれや、これやで300万」 「それ、みんな風俗に使ったのか?馬鹿だなあ、お前」 相沢は呆れた顔をする。 「お前みたいにしょっちゅう女の子をとっかえひっかえ出来るような奴には俺の気持ちなんかわかんねえよ!」 紅谷は周りを忘れて、大声を出す。 相沢が慌てて紅谷の頭を押さえる。 「おい!もうちょと声をおとせ。聞かれたくないのはお前の方だろう」 言われて紅谷は少し冷静になったのか、周りをキョロキョロ見回しながら、 「すまん、すまん。つい」 相沢は、「気にするな」といった風に手を振る。 「で、どうやって返すつもりだ?」 相沢が聞くと、紅谷は益々肩を落として、 「親のところにもそんな金無いし、兄ちゃんの所も子供が生まれたばっかりだしな。大体血が繋がっていない弟に300万も出すかよ」 紅谷の言葉に相沢が目をむく。 「血が繋がっていないってなんだよ」 「俺もついこの間知ったんだよ。さっきの借金取り、花村って奴がうちのかあちゃんのところに押しかけやがって。そしたら母ちゃんが実は俺は大企業の元会長の子供だから、その本当の父親のところに取りに行けって。まったくなんて母親だよ」 「本当の父親……」 相沢は紅谷の言葉に微妙に反応していた。 「だけど、花村がその元会長のところに行ってみたけど、そんなもの払えるかって追い出されたって。当たり前だよな、そんなの」 最後は人事のように紅谷は言った。 「なんでお前、自分で会いに行かないんだ?」 「俺が行ったって一緒さ、誰が会ったこともない奴にいきなり息子ですって言われて金出すんだよ。詐欺って思われるのがおちさ」 「いや、借金の話は別にしてもさ。会ったことないなら余計に会いたくないのか?本当のお父さんだろ」 紅谷は首を振って、 「あのな、そんなこの年になっていきなり父親ですって言われたってピンとこないよ。俺にとって父親は一人、兄ちゃんの父親が俺の父ちゃんなの。血の繋がっていない俺を一生懸命育ててくれた人だよ。まあ、それもこの前知ったばかりだけどさ」 「そんなものか」 相沢は拍子抜けしたようにため息をつきながら言う。 「そんなもんさ。俺が今、会いに行きたいのは俺の借金を肩代わりしてくれるやつだよ。血の繋がりなんてどうでもいいさ」 「なんだよ、元気がでてきたな」 相沢は呆れたように笑う。 「ああ、もうこうなったら開き直るしかないね」 紅谷は吹っ切れたように晴れやかな顔になっていた。 「相沢。おれ、経理の方に行ってくるよ」 そう言うと紅谷はすっと立ち上がり、振り返ることなく彼らの部署から出て行った。 あまりに突然のことに、相沢は止めるすべもなく、ただ呆然と紅谷の後ろ姿を見送った。 「血の繋がりか……」 「まったくなんだって今頃……」 相沢悦子は焦っていた。 (このことが息子の啓一に知れたらショックを受けるだろうか?) 昨晩、突然別れた夫が現れた。 何処で調べたのか分からないが、なにやら薄汚れた作業着を着て25年振りに表れたその男に、どう対応していいのか分からずに、とりあえず上がってもらった。 お茶をいれ、男の前に出す。 「久しぶりね。今は何をしているの?」 男は勧められるままにお茶をすすり、 「ああ、あの後すぐに会社を辞めてね。今は旅先でめぐり合った炭焼きの仕事をしている」 後藤は作業着についた煤を手でこすりながら言った。 「炭焼き?それって山奥で?」 「ああ、そうだよ」 「そう、あなたにはそういう仕事があっているのかもね」 「まあね」 そう言って後藤はもう一口お茶をすすり、そのまま黙ってしまう。 「あのう……」 沈黙に耐え切れず、悦子が言いかけると、後藤がさえぎるように、 「あの、啓一は元気かい?」 「ええ、元気よ」 「そうか」 (やっぱり) 悦子は後藤がここに来た本当の理由が分かった。 「啓一に会いに来たの?」 「いや、一緒には住んでいないのだろう?」 悦子は不審な顔をする。 「なんで知ってるの?だいたいどうしてここが分かったの?」 悦子が問いただすと、後藤は落ち着き払って、 「陶芸家の井川さん、知っているだろう?あの人と知り合いなんだ。うちで作った炭を届けている。今日もその帰りなんだ」 後藤の答えに、悦子の顔が見る見る青ざめていく。 「なんですって!あの人を知っているの?」 「偶然だよ。知り合った当初は君と結婚していたことは知らなかった。何がきっかけでそういう話になったのか忘れたが、お互いにバツイチだって話になって」 「そんな、そんな」 悦子は後藤の話を聞いているのかいないのか、ぶつぶつ呟いている。 「それでお互いの話をよく聞いているうちに、君らの話に行き着いたんだよ。まあ、お互いに驚いたがね、そのときは」 「それで、今日は何しにきたんです」 悦子は後藤の顔を見ようとせず、下を向いたまま尋ねる。 「うん。まあ、なにか用事ってわけではないのだが」 「なんの用事もなくわざわざこんなところまで来たって言うの!」 相変わらず下を向いたまま悦子は叫ぶように言う。 「いや、別にやり直そうとか、今さらそんなことを言うつもりはないんだ。ただ、なにか困ったことがあったら、君ももちろん啓一も、頼りにならんかもしれんが、一応私という存在がいるということを覚えておいて欲しくてね」 「そう、そうっだたの」 そう言うと悦子は立ち上がり、 「お茶、もう一杯いれましょうか?」 と台所へ消えていく。 「ああ、すまないね」 後藤は言いたかったことが言えた満足感で、顔が自然にほころんでいた。 悦子は焦っていた。 「何だって今頃、それに井川まで。」 悦子はお茶を入れる代わりに、流し台の下の小さな扉を開ける。 「困ったときは頼りにしろ?何を今さら」 扉の裏にある包丁挿しから包丁を抜き出す。 「啓一はあたしが守るの。啓一が頼りにしているのはあたしだけなの」 言いながら悦子は包丁を握り締めたまま茶の間へ戻っていった。 「ええーそれではお友達の方……います?」 「……」 花村は焼肉定食を食べながらいつものお昼の番組を見ているが、テレビの中はいつもと様子が違っていた。 「誰だよコイツ」 花村のゲストを見た感想は、彼のものだけではなかったらしく、いつもの予定調和であるはずの「お友達紹介のときの観客のええー!」が全く無かった。 「じゃあ、あの、その、藤巻愛さんを」 「ええー!」 言ったのは観客ではなく、サングラスの司会者だった。 「何がええーなんだ?」 花村はわけが分からず、焼肉定食に集中することにした。 すると後ろから、 「あんた帰ったんじゃなかったのか?」 花村が振り返ると、相沢が焼き魚定食を持って立っていた。 相沢の会社の社員食堂は今日も盛況で、社員以外のものが混じっていても、誰もとがめるどころか気付くものもいなかった。 「いやあ、いったん帰りかけたんだけど。昼も近かったしね。前に紅谷さんとこの食堂で飯食べたときにうまいなあって思ったものだから」 「そうかい」 相沢は花村の正面の席に着く。 「昨日はなんか田舎の大衆食堂で、冷めたから揚げ定食なんか食べたもんだから。今日はおいしいもの食べたいってね。ああっ!」 花村は突然声を上げる。 「何ですかいきなり」 相沢は不審な顔で花村を睨む。 「いやね、あなたのこと最初に見たときからどっかで見たことがあるなあって思っていたんだけど。昨日の親父に何となく似てるんだ」 「何ですかそれ」 「いや、山奥でバスに乗り遅れてね。それでなんか親切ぶった親父が乗っけてくれたんですよ、町まで。なんかむっつりして暗い親父でしたよ。んでお礼にって飯おごってやったらえらい喜んで、駅でおれを見送るのにずっと手をふってんの。よっぽど人恋しかったのかね。山奥でひとりぼっちって言っていたからな」 調子に乗ってしゃべり続ける花村を手で制し、 「そんな話より、紅谷の本当の父親の話を聞かせてくださいよ。本当に金は払わなかったのですか?」 花村は首を振り、 「払ってもらっていたら、今さらこんな所に来ていませんよ。全く冷たいものっすよ。別にこっちの話を疑っていたわけじゃないんすよ。紅谷が自分の息子だって認めた上で、それでもそんなもの払う必要がないってね。まあ、法律上はまったくその通りなんすけどね」 「そうですか」 「血が繋がっているからってね、そんな事は大したことじゃないみたいっすね。金持ちの気持ちはわからん」 「金持ちだからでしょうか?普通は血の繋がりを大事にしますか?」 「まあね、こういう仕事やってると、人間の極限の姿が見れるから」 「というと?」 相沢は興味津々で聞いている。 「やっぱりね、追い込まれると人間は最後に頼るのは血の繋がりだし、そして肉親はちゃんとそれに答えるね。今回みたいなのは稀っすよ」 「そう、やっぱりそうですか」 相沢はほっとしたような表情を浮かべる。 花村にはその理由がよくわからなかった。 「ありがとう。いい話が聞けたよ。ああ、それと紅谷のやつ、経理の方に行っていたから、おそらく退職金を前借に行ったのじゃないかな」 立ち上がって食べ終わったトレイを持ちながら相沢が言う。 「やっぱりね。実はまあ、そろそろそうなるだろうと思ってこの会社に戻ってきたんですよ」 言うと花村も立ち上がり、食器を返却口に返しに行く。 「じゃあ、また」 「ええ、僕もお金に困ったときはお願いしますよ」 相沢は笑いながら言う。 その言葉に花村も笑いながら、 「相沢さんはそんなことにはならないでしょう。あなたは紅谷さんとは違う。あの人は人に食われる人。あなたは人を食う側だ」 そう言い残して花村は食堂を出て行った。 「食う側ねえ……」 相沢は笑いがこみ上げてくるのを我慢しながら花村を見送った。 悦子は焦っていた。 相沢の後始末で死体を処理するのは慣れていたが、自らが人を殺すのは初めてのことだった。 しかも相沢が持ってくる死体は、扼殺のためいつもきれいなものである。 しかし後藤の死体は、背中を何度も包丁で刺したために血だらけであった。 「こんなものを長い間運んでいたらきっと見つかってしまう」 悦子には息子の啓一のために、死体の処理用に放火する先の家族を常に用意していた。 「でも、あれは啓一のためにとって置かないと。そろそろ必要になりそうな気がするし」 そう考えた悦子はいつものようにどこかの家族の住む家に死体を運び、放火する方法をあきらめた。 「発見されやすいかもしれないけど、彼の車ごとどこかに捨ててくるしかないわね」 悦子は後藤を刺した昨日の木曜の晩から丸一日かけて、茶の間に飛び散った血の跡や、後藤の死体自体をきれいに洗う。 そして、また夜になるのを待って後藤の死体を彼の車に乗せ、死体を捨てる場所を探して車を走らせた。 「感激だなあ君みたいな子とデート出来るなんて」 相沢はワイングラスを傾けながら言う。 「相沢さんは慣れているんじゃないの?もてそうだから」 水沢真理も同じようにグラスを傾け、カチンと相沢のグラスとあわせる。 初めて二人が出会ってからまだ二日しかたっていないが、相沢にとって女性を口説き落とすことは、息をすることと同じように生まれ持って身に付いている様だった。 ただ、今回は相沢にも特別な思いがあった。 彼が最初に手にかけた、水本麻里子にそっくりな水沢真理。 名前までよく似た二人に、運命的なものを感じた相沢は、いつもよりも緊張していた。 そんな緊張が伝わったのか、真理の方がそれを解きほぐそうと気を使ってあれこれと話をしてくれる。 (そんなところもそっくりだ) そう思うと相沢はますます真理を運命の人と確信するのだった。 食事を終え、店を出る二人。 「これからちょっと付き合って欲しいところがあるのだけど」 相沢が言うと、 「いいわよ」 あっさり真理は頷く。 相沢は真理を貴金属の店に連れて行く。 店に入る前に相沢は、 「勘違いしないように今から言っておくのだけど、今日は君に何か買ってあげるわけじゃないんだ」 真理はがっかりした素振りも見せず、ただ首を傾げてみせる。 「どういうこと?」 「ごめんね、君には今度何かプレゼントするから。今日は一緒に母へのプレゼントを選んで欲しいんだ」 「お母さんに」 「ああ、今度の月曜日、お母さんの誕生日なんだ」 「そうなの!おめでとう!そういうことなら任せて、私プレゼント選びのセンスは評判いいの」 にっこり微笑む彼女を見て相沢は、 (この人をお母さんに、見せてあげたい) そう思うのだった。 END 「土」につづく |
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金太郎金太郎(きんたろう)は、坂田金時(さかたのきんとき)の幼名。または、金太郎を主人公とする昔話、童話のこと。なお、話の内容に関しては他の御伽噺の主人公と比べ、認知がかなり少ないようである。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikip 童話大辞典【2007/03/24 00:19】
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