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「月」を読んでいない方はこちら
「火」を読んでいない方はこちら 水際を歩く二人は、お互いに手が触れるか触れないかの微妙な距離を保っている。 初めて誘い出した少女に対してどの程度近づいていいものか、少年は計りかねていた。 少女はそんな少年の気持ちに薄々気付いてはいたが、初めて誘われた相手に自分から手を伸ばしていいものなのか、それとも気付かない振りをした方が男の面子を壊さずに済むのではないか、などと迷いながら最後の距離を詰めかねていた。 「啓ちゃん、どうして今日は誘ってくれたの?」 少年の気持ちの後押しになればと、少女は答えるのが難しい質問をする。 「どうしてって……」 案の定、少年は言葉につまる。 「麻里ちゃんはどうして来てくれたの?」 少年は逆襲するような質問を意図せずに投げかける。 少女も同じように何も言えず、無視していないことを伝えるために笑顔を少年に向けるのが精一杯だった。 小さな湖は氷が張るまではいかないが、散歩するのにふさわしい季節ではなかった。 風が少ないのがせめてもの救いだが、今の啓一と麻里子にとっては救いの風となる。 ぴゅーっと一吹き、見るに見かねた神様か、悪魔が願いを叶えたか。 「寒い」 待ちわびた風の後押しを受け、麻里子は啓一の手を取る。 麻里子の後押しを受け、啓一は彼女の手を引き寄せる。 一気に距離が縮まる二人だが、沈黙の時間が長いのは変わらない。 むしろ離れていた時より会話の数が減った。 啓一は高校に進学してすぐ、麻里子を一目で好きになった。 白い首筋にかかる、後ろでまとめた長い髪。 黒目の割合が多い、大きな瞳。 小作りな鼻と口。 細く長い手足。 初めに見たときから、今日までそれを見るときの胸の鼓動の速さは変わらず新鮮さを保ち続けている。 しかし、今日は初めての距離感に、むしろこれまで感じたことのない息苦しいほどの心臓の動き、生きている実感が湧き上がってくる。 (どうにかなりそうだ) 啓一は自分自身の生を強く意識すると同時に、自分が自分でないような矛盾する感覚も得ていた。 麻里子は高校入学当初の啓一をよく覚えてはいなかった。 クラスの中で目立つ容姿でもなく、行動も活発でない啓一が、高校入学という一大イベントの中にあって、印象に残る存在とは決して言えなかった。 しかし、浮き足立った時期も過ぎ、落ち着いて人との距離を測れるようになると、同じクラスの他の男子に比べ、常に物静かで落ち着きはらった啓一が、大人びて見えてくる。 大人の男に憧れる年頃の少女は、彼に対して興味を持ち始める。 その年に合わない落ち着きが、彼の複雑な家庭環境によるものと聞き、なお一層心を揺り動かされる 何より時折感じる啓一から自分に向けての熱い視線が、物静かな少年の中の深いところにある情熱を覗き見たようで、背徳感にも似た幼い性的な感情を、少女ながらに意識するようになった。 自分のことを好きになった男に対して、駆け引きが出来るほど女として成熟していない彼女が、嫌いではないというだけで、自分も好きな気持ちの方に流れるのは無理もないことであった。 いつしか、啓一が麻里子を見つめる時間とつりあうほど、麻里子が啓一のことを盗み見ることが多くなる。 (どうにかしてくれないかな) それは肉体的な欲求ではなかったが、まだ幼い少女が自分に対して軽蔑するのに十分な感情の動きだった。 麻里子もまた、自分で自分のことが抑えきれない、感情のコントロールが出来ないことに、身を委ねる快感と罪悪感に挟まれ混乱していた。 時刻は夕方の四時を少し回っていた。 夜になるのが早い季節だが、まだあたりが暗くなるまでは少し時間があった。 しかし、16歳の麻里子、そして早生まれの啓一はまだ15歳。 見るからに幼い二人が、二人きりで一緒に居られる時間の終焉が差し迫ってきた。 湖沿いに作られた遊歩道に点在するベンチの一つに二人は並んで腰を下ろす。 二人の手は、一度得たきっかけ以来、ずっと繋がっている。 ふと啓一が空を見上げると、まだ青さが残る空に、欠けた部分のない白い月が、輝くでもなくぼんやり浮かんでいた。 「麻里ちゃん」 青ざめた顔で麻里子の方に向き直る啓一。 その表情に思いつめたものを感じた麻里子は、自分も意を決したような表情を浮かべた後、そっと目を閉じた。 啓一は麻里子が閉じる前からその目を見てはいなかった。 啓一の視線は麻里子の白い首筋に釘付けになっていた。 繋いでいた手を離す啓一。 そしてその両肩に啓一の手が置かれたのを感じた麻里子は、目を閉じたまま顔を上に向ける。 もちろん麻里子は意識したわけではないが、その仕草によって、益々彼女の白い首が突き出されるようにあらわになり、それがいよいよ啓一を狂わせた。 啓一はゆっくりと、ゆっくりと、麻里子の肩においた両手を彼女の首筋へとずらしていった。 「はっ」 相沢啓一はリビングのソファーの上で飛び起きた。 「何時だ?」 昨日はテレビを見ながらそのままソファで寝てしまったらしく、点けっぱなしのテレビには既にいつものお昼の番組が流れている。 「それではお友達の方を……」 「ええー!」 「ありがとうございます。それじゃあ、女優の……」 デジャビューを見るかのようないつものお約束のやり取りが今日も行われている。 テレビの中のステージ上の顔写真付きの大きなカレンダーを見て、相沢は今日が水曜日と知る。 「よかった。一日以上寝過ごしたわけじゃなかったな」 久しぶりの休日の半日が潰れたのは痛いが、仕事の日まで寝続けるよりはましだと啓一は思う。 年に数回、丸一日以上寝過ごすときがあるため、最近は休み前だからと言って夜更かしすることは避けていた。 しかし昨晩は中々寝つけず、見ようと思いながら中々見れずに溜め込んでいたDVDを3本も見続け、3本目の途中で記憶が途切れていた。 「のどが渇いた」 暖房もつけっぱなしだったらしく、乾燥してのどがカラカラになっていた。 相沢は冷蔵庫を開けて、買いだめしてあるミネラルウォーターを取り出す。 そのラベルに描かれた湖のイラストを見た相沢は、唐突にさっきまで見ていた夢のことを思い出す。 「麻里ちゃん……」 その夢は15年前に実際に起きた出来事を忠実に再現していた。 年に何回か同じ夢を見る。 麻里子の首に両手をかけ、強く力を入れ絞めていく。 麻里子は何故か目を閉じたまま、抵抗することも無く、啓一に絞められるまま身を預けていた。 そして麻里子の全身から力が抜け、首を掴む両手に啓一は彼女の全体重を感じた。 そして支えきれなくなり、首から手を離す。 崩れ落ちようとする麻里子の体を、今度は両腕を背中に回して抱き支えた。 ぐっと麻里子の体を引き寄せ、彼女の首筋に顔を寄せた啓一は、最初で最後のキスする。 そこからは、既に彼女の生を感じることは出来なかったが、啓一はこれまでで一番、生きていることを実感していた。 死を手の中に収めることで、自分の生を確認した。 「彼女はそれを僕に与えるために自らの命を僕に委ねたのだろうか?」 啓一はどうしても麻里子が抵抗しなかった理由が分からず、ずっと考え続けた。 その答えが知りたくて、何度も女性を手にかけた。 しかし、麻里子以来、彼女のように無抵抗な女性はいなかった。 15年経った今でも相沢は、その答えが見つからず、探し続けるのだった。 シャワーを浴びて着替えた相沢は散歩に出掛ける。 都内の彼の自宅の近くには、地元のあの湖ほど立派ではないが、小さな公園が隣接する池があった。 そこにある遊歩道を散歩するのが休日の日課になっていた。 地元の風景とそれにまつわる思い出を呼び覚ましてくれる場所であった。 公園に着くと、予想外に多くの人が居る。 暖冬の今年の中でもさらに暖かい今日は、子供連れの家族が多かった。 遊歩道をぶらぶら歩いていると、ベンチに腰掛けて読書する少女が居るのに気付く。 女性を見るときに相沢は当然まず首から見る。 遠くに居るときははばかることなく、まじまじと見るのだが、だんだん近づくにつれ、ちらちらと盗み見るようになる。 少女の正面を通り過ぎるときに、さりげなく顔を覗き見た相沢は、思わずその場に立ち尽くしてしまう。 その気配を感じた少女は、何事かと顔をあげる。 そしてはっきりとその顔を見た相沢は、自分の直感が確信に変わるのを感じた。 「麻里子……」 その少女は、相沢が一番最初に殺害した初恋の相手、水本麻里子にそっくりだった。 それが相沢啓一と水沢真理との出会いだった。 END 「木」につづく |
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