VC PTN 2870485 BlogKenJr. 着道楽
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作家志望であるかどうかあやしくなってきた作者が、広く世の中に認知してもらうためのあらゆる実験を行うための日記。また作家になるかどうかあやしくなってきた過程を随時報告していきます。
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着道楽
ようやく残暑の陽射しも衰えて、日中でも風が肌寒さを感じさせる頃。

安西由美は久しぶりに友人の別所真知子に会うために、待ち合わせ場所の喫茶店に入る。

店内を見回すが、真知子の姿は無いので適当に座ってコーヒーを注文した。

ウェイターが湯気の立つコーヒーを持ってくるのと、自動ドアがチャイム音と共に開き、真知子が入ってくるのはほとんど同時だった。

きょろきょろと周りを見回す真知子に向かって手をあげる由美。

それに気付くと真知子は笑みを浮かべながら近付いてきた。

「お久しぶり」

「本当ね」

そう言って真知子は由美の向かいのイスに腰かけようとして、
「どっこいしょ」
と思わず声が出る。

「いやあねえ」
と由美は笑いながら言う。

「あはは。いいじゃない、誰に見られてるわけじゃないし。あなただって言うでしょ」

真知子はウェイターから受け取ったおしぼりで手を拭きながら、臆面もなく言う。

豪快さは以前からだが、子供を産んでからは更に磊落さが増したようだ。

「あたしもホット」

ウェイターに告げると真知子は両手で肩を抱いて、
「最近急に冷え込むようになったわね」

「そうね。私ん家も昨日、衣替えで整理したわ」

由美がそう言うと真知子も大きくかぶりをふって、
「うちもよ。でもこれだけはっきりしてくれると踏ん切りがつけやすいけどね。もう暑くはならないでしょ」

「たぶんね」
由美はスプーンでコーヒーカップの中をかきまぜながら答える。

真知子は由美を見て、
「そのワンピースいいわね。色がいいわ」

「ありがとう」

自分でも気に入っている一着だった。



昨日の衣替えは数年来の大がかりなものになり、ずいぶん古いものまで発掘された。

その中でもこの薄いグリーンのワンピースを見るのは何年振りだろう。

十年ぐらい前までは毎年着ていた。

流行にとらわれないデザインと、色合いが定番の一着にさせていた。




「みどりが好きなんだね」


そう言われるまで気付かなかったけど、当時は確かにそのワンピースだけじゃなく、他の服や小物も緑色を使ったものを多く持っていた。

当時付き合っていた人にそう指摘されてからは、自分でも意識して緑色のものを集めるようになった。

「似合ってるよ」

そう言われたのが単純に嬉しかったあの頃。



そんな感傷に浸っていた昨日を引きずって、今日のお出掛けはせっかく衣替えをしたにも関わらず、このちょっと季節に合わない服を選んでしまった。



「ちょっと寒そうだけどね」

真知子はいつものように素直な感想を口に出す。

「うん、だからこれ」
と隣のイスにかけておいたちょっと厚手の上着を示す。

「うちも衣替え大変だったわ。やっぱり子供が多いと駄目ね。着れなくなったものはどんどん処分しないと。最近はリサイクルショップも結構色々あるし、インターネットのオークションなんかでそんな衣類とかも売れるらしいわよ」

真知子は専業主婦だが、以前はOLをしていたためか自宅に早くからパソコンを取り入れ、暇を見つけては触っている。

遅ればせながら最近になって由美も導入したので、ちょくちょく電話で真知子に指南を受けている。


「そうなのよね。あれって意外と役立ちそうだから、私も利用してみたいんだけどよくわかんなくて」

「簡単よ、やり方さえ覚えたら。ただ最近はネット犯罪が多いから気を付けないといけないけどね」

「そうね。それで躊躇してるところもあるの」



運ばれてきたコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れ、かきまぜながら真知子は言う。

「そう言えばネットで思い出したけど、このあいだ千夏ちゃんに会ったわよ」

「そうなの?懐かしいわね」

「あなた、あの子としばらく会ってないんだってね」

真知子が言うと由美は少し考えるようにして、
「そうね。彼女が結婚する前だから、もう10年以上かな」

「あらあなた、あの子の結婚式に出席してなかった?」

「ええ、ちょっと都合が合わなくて」




杉本千夏は真知子や由美の高校の同級生だった。

由美が3年間同じクラスになったのは真知子と千夏だけ。

自然と三人は一緒に遊んだり、勉強したりと仲良く学生時代を過ごす。

卒業して別々の道に進んだ後も連絡を取り合い、たまに会っては食事をしたりした。




「彼女の家に行ったの。すごかったわよ」

千夏は二十代の後半で結婚した。

相手は10歳年上の会社員だったが、結婚してすぐに独立しIT関連の会社を興す。

当時の波に乗り急速に会社を成長させ、長者番付けに名前を載せるほどの実業家になった。


絵に書いたようなシンデレラストーリーは悲劇に終わる。

莫大な財産を遺して千夏の夫が亡くなったのは3年前だったか。

確か交通事故だったと由美は真知子から聞かされていた。

以来千夏は再婚することもなく、相続税を納めてもまだ余生を華やかに過ごすのに余りある遺産とともに暮らしているという。




「もう部屋の数なんてよくわからないぐらいだし、使ってる家具もね、凄いのよ。あの人ああいうセンスは昔からあったわよね」

「そうだったわね」

確かに千夏は昔から洋服や持っているもののセンスはよかった。

高校時代は制服だったので、そうそう他人と差のつくお洒落など出来ないのだが、千夏はそれ以外の持っているもののセンスで他を圧倒していた。

「それでさ、衣装部屋っていうのがあるのよ。あのよく芸能人の豪邸とかにあるようなね。もう凄いんだから、服の数が。ずらーって並んでて、衣替えとかどうするんだろってね。いかにも庶民的な発想しちゃったわよ。そしたらね、春夏秋冬とそれぞれ部屋が別々にあるんだって。どうなってんのかしらね。」

由美は4部屋全部に衣装がくまなく置かれた様子を思い浮かべる。

「それだけあって全部着たことあるのかしら。同じ衣装なんて二度と着ることないんじゃない?」

「本当よね。それこそネットオークションに出したら、それだけで一財産だわ」

あはは、と笑って真知子は急に顔をしかめる。

「でもね、おかしな話、偶然かもしれないけど、結婚してからも何回か彼女に会ったんだけど、いつも似たような服着てたような気がするのよね。そりゃその服自体はとってもお洒落で、彼女に似合ってるしいいんだけどね。なんか並んでる服の中にはちょっと彼女のセンスとは違う、趣味の悪いのまであったのよね」

「へえ、珍しいわよね。彼女ってあんまり妥協するタイプじゃなかったじゃない」

「でしょ?だからあたしもね、変だと思ってさりげなく聞いてみたのよ。これ全部着たことあるの?ってね」

「それで?」

「そしたら彼女、ううんほとんど着たことないものばかりよ、って軽く言ったわよ」

「え、どういうこと?」

「わたしも、え、どうしてもったいない、ってほんと庶民よねえ。そしたら彼女、何かどうしようもなく買いたくなる服があるんですって。そうすると着たくもないけど買ってしまうの、って笑いながら言ってたわ。やっぱりお金持っちゃうとどこかおかしくなっちゃうのかしら」

「そうなのかな」

由美は曖昧な返事をする。



「ああいうのを着道楽って言うのよね」

耳慣れない言葉だったが、こう見えて国文科卒の真知子が言うのだから実際にある言葉なのだろう。

「私ね、ああいう風に何か一つの事に偏執的になっちゃうのは、きっと前世が関わっていると思うのよ」

「前世?」

いきなりの突飛な発言に由美は驚かされる。

真知子はパソコンを自在に操る技術者的な面と文学少女的な面を併せ持つばかりか、こういったオカルト的なものにも造詣が深い、いわゆるマルチな人なのだった。


「そう、よく食べ物に執着する人は前世で飢え死にした人だったとか言うでしょ。そういう具合にね」

「じゃあ彼女の前世は服がなくて凍え死んだとか?」

「ははっ、そうね。そんな感じ」

由美は前世がどうというより、その人の生い立ちに関わりがあると考えるのが普通じゃないかと思う。

しかし千夏の場合、旦那があまりにも金持ちになりすぎて、シンデレラだの玉の輿だの言われるが、元々千夏自身が資産家の娘で、最初は逆玉だったのだ。

だから千夏の人生で服が無くて寒い思いをしたなんてことは無かっただろうし、生い立ちからくる反動では無さそうだ。

それに学生時代も持ち物のセンスは良かったが、あれもこれもと成金的に買い集める人でもなかった。




「まあ前世というのは冗談としてもね」

真知子は少し表情を曇らせながら言う。

「彼女もさ、旦那さんの仕事が軌道にのってこれから夫婦二人でって時にあんな事になっちゃって。子供もまだだったし。あれで子供でも残してくれたらまだ、生活に張り合いがあったかもしれないけどね。」

「そうね」

由美も真知子も、お互いの忙しいながらも充実した生活を思いながら頷いた。

「だからさ、そういう道に走っちゃったんじゃないかな。彼女再婚する気も無いようなこと言ってたし。きっと今でも旦那さんのこと愛してるのね。そういう服を買って、自分を綺麗に保とうとしてるのかもね。実際彼女、未だに綺麗だったわ」

「そうなの」

そんな健気なところがあったかなあ、と由美は昔の千夏を思い出していると、

「でもね、知ってた?」

と真知子が急に声のトーンを変えて言ってきたので、少しドッキリした。

「何を?」

由美が真知子に尋ねる。

「千夏の旦那さんね、まあ亡くなった人の事をあんまり言うのもなんだけど、凄く女ぐせの悪い人だったらしいのよ」

「へえ、そうだったの?」

「まだ亡くなる前にね、千夏と会ったときにもはっきりとじゃないけど、少し愚痴みたいなこと漏したことがあったの。ほら、あの子そんなことあんまり口にしないっていうか、内に秘めるタイプだったでしょ。だからよっぽど思いつめてたのよ、彼女」




確かにそういうところがあった。

由美は高校時代の出来事を思い出していた。

あれは確か、三年生の夏休みに入る前だったか。

珍しく恋愛に関する愚痴を千夏から聞かされた。

ただ愚痴というよりも、それは決意といったほうがいいだろう。

「あの人、音楽の趣味が合う人の方がいいんだって。そんなことでいいなら、幾らでも勉強してあげるわ」

当時彼女が好きだった男子に、趣味を理由に他の子に乗り換えられた。

彼女は泣き崩れることもなく、苦手だったそのジャンルを必死に勉強していた。

その後、その男子を取り返せたかどうかは覚えてないが、とにかくその勝気な性格が、由美にとって千夏に対する強烈な印象として覚えている。

だから、さっきの健気な千夏というのに違和感を覚えたのだ。




「私も彼女の旦那さんを見たときは、男前だなって思ったもの。彼女、男を見るセンスもあるわって感心したんだから。まあ外見に関してだけだったわけだけどね。見た目軽いってわけじゃないんだけど。あれは女の方から寄って来るタイプね。そして来る者は拒まずって人だと思うわ」

自分の考えだけで言い切ってしまうのが真知子の癖だった。

「だからね、そう考えたら彼女がなんか可哀想っていうか、健気っていうかさ。そんな風に思えてきちゃって。やっぱりお金が沢山あってもねえ。まあ無いよりいいかもしれないけど」

そう言うと真知子は時計を見て、
「あら、そろそろ行かないと不味いんじゃない?」

「そうね」

これから二人で舞台を見る予定だった。

席を立ち、さっとレシートを取る真知子に、
「ああ、払うわよ」
と由美は言うと、
「いいからいいから、私に払わせて。チケット予約してもらったしね」

「じゃあ、ごちそうさま」

由美は素直に応じた。


レジでお金を払いながら真知子が
「あれっ、そういえば千夏の旦那さんって、貴方が勤めてた会社の人じゃなかったっけ?」





自動ドアが開き、外に出ながら由美は、秋風が体温を奪う前にワンピースの上にジャケットをはおる。



「本当ちょっと急に寒くなりすぎよね」

と言う真知子に笑顔で答えながら、由美は10年以上前のことを思い出していた。




確かに女ぐせの悪い人だった。

由美と別れたのも、それが原因だった。

来る者を拒まずという真知子の指摘も当たっていた。



「千夏も苦労したんだろうな……」

思わずつぶやいてしまう。

勝気だった彼女のことだ。

着道楽は決して健気な理由からではないはずだ。

道楽とも違う。

旦那が生きてる時は、勉強の意味もあったんじゃないか。

高校時代にライバルに勝つために、必死で音楽を勉強したように。

旦那が浮気をする度に、相手のセンスを取り入れるために服を買い続ける。

でも本当は、当て付けが目的だったのかも。




―千夏に会ってみようかな。

長い間あった千夏へのわだかまりがとけた気がした。

高校時代あれだけ仲が良かったのは、やっぱり趣味が合ったから。

男の趣味も。





でも、彼女の家に行く気にはなれない。

特に衣装室には。




夏の部屋の中で揺れる、グリーンのワンピースを見る勇気はまだない。




END




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Author:けん@neo
作家を目指しながらも、日常に追われる日々を過ごす37歳。
名古屋生まれの、名古屋育ち、だが現在は関東在住。
作家に限らず、同じように自分の才能を世の中に送り出したいと考えている方たちと、交流がしたいです。
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