彼独特のキャラクターはそのままに、一話完結型の話に切り替え、新連載を打ち出したところ、これが大ヒット。
さらに時事ネタや季節ネタを織り交ぜ、一度波に乗った連載はまさに「サザエさん」か「こち亀」状態で無限に続くかと思われるサイクルにすっぽりはまったようであった。
しかし、その連載も2年3年と続く内にマンネリ化が起こる。
もはや打ち切りの心配はなくなったが、ネタが続かない。
赤坂は改めて「サザエさん」や「こち亀」の偉大さを感じるのだった。
しかし、感心してばかりもいられない。
そこで赤坂が気付いたことは、自分の作品「バロック」と「サザエさん」のキャラの関係である。
そっくりそのままというわけではないが、なんとなく相関できる。
サザエさんのはこのキャラで、カツオがこいつで、と考えていくとすごく辻褄が合うのだ。
赤坂はこれを利用しない手はないと思った。
おそらくサザエさんの放送はこれからもずっと続くだろう。
毎週3話ずつだから、毎週3回分のネタが作れるということだ。
(これをそっくりそのままパクれば、俺の連載も安泰だ。
後はそれがばれないことと、うけるかどうかだな)
とりあえず赤坂は日曜日の放送を見た後、3本のネームを作り、編集者に見せる。
担当の千代田氏は、
「おお、なんか新しい展開ですね。僕もそろそろテコ入れが必要かなっと思っていたのですが、さすが赤坂先生。これでいきましょう」
あっさり通った。
その甲斐あってか、「バロック」は再び人気を取り戻し、前々から話もあったアニメ化は正式に決定となった。
「枠は日曜7時ね」
と担当さんから聞かされた時、赤坂は正直なところ複雑な気持ちだった。
「日曜7時」と言えば「アニメの月9」と言われる時間帯で、漫画家なら誰もが望むものであった。
しかし日曜7時といえば言わずと知れた「サザエさん」の後。
それが赤坂の心に少しひっかかるところなのだ。
「最初の頃はいいけど、サザエさんをパクリだしてから以降のはさすがに並べられたらばれるんじゃないかな」
今では「バロック」と言えば掲載の時期や季節に合わせたネタで続いているのが、ファンならずとも常識であった。
「サザエさん」が元ネタなのだから当然だ。
もちろんアニメ化に際しても、放送の時期に合わせた話の回を選んで制作するに違いない。
そうするとますます「サザエさん」との類似点が浮かび上がることになる。
赤坂は気が気ではなかった。
しかし、もう決定された話となっては赤坂にはどうすることも出来ず、どんどん話は進んでいく。
そしていよいよ放送となった。
第1回目の放送は赤坂の予想に反して、漫画の一話目と同じ内容だった。
(これなら大丈夫)
安心した赤坂だった。
そしてしばらくは、現在の定着した主要キャラが全て登場するまでの話をかいつまんだ内容が続く。
それが終わったところで、思ったよりもずっと早く「サザエさん」をパクリ始めた回を放送し始めた。
たまたま時期が一致したのか、それともそう合わせるように前回までを調整したのかは分からないが、赤坂にとってはいよいよ抜き差しなら無い状況になってきた。
しかしそんな赤坂の心配をよそに、数回の放送後も別段、抗議の声があがるわけでもなかった。
むしろ、漫画がそうであったように、アニメもその回からどんどん視聴率が上がっていき、高い数字をキープするようになった。
その間もおそるおそるではあったが、赤坂は日曜日にサザエさんを見ては、それを元にネームを作っていた。
いつかばれることを恐れながらも、もう今となっては締め切りに間に合わせるように、自分でオリジナルのネタを考えることは出来なくなっていた。
しかし、その後も誰も抗議する者はなく、人気もある程度の位置をキープし続けていた。
それから暫くたった後、ある日の「サザエさん」の放送を見て、赤坂は愕然とする。
その日の3話のうちの1話が、先週自分が出したネームにそっくりだったのだ。
そのネームは、いつもなら先週放送分の3話を見て描くのだが、その3話のいずれも以前使ったネタにかぶってしまっていた。
それまでもそういう事は何度かあった。
だが、そういうときは毎週3話分をいつも一辺に使うわけではないのでストックがあり、それを使用していた。
そのストックは時期ごとに分類してファイルしてあるから、先週の時期にあったストックを使って、前回もネームを書いたのだった。
ところが、そのネームを元にして作った話が今週のサザエさんと全く内容が一緒なのだ。
(これはまずい……)
今までは、日曜日の放送を見てネームを描き、それを元にして原稿を描いていたので、実際に雑誌に載るのは放送から2週間後になる。
その時間差が、これまで「サザエさん」と「バロック」の関連性を見逃せていると赤坂は考えていた。
もちろん多少のアレンジをしていた事もある。
ところが今回の場合、もう既に原稿は出し、それが掲載される号の発売は明日の月曜日。
しかも、どうしてそうなったのか内容はアレンジも何もない、ほとんど全く一緒で、誰が見ても2つの関係を疑うことは間違いない。
「サザエさんの脚本家は赤坂だったのか」
と逆に思われそうなぐらいだ。
しかも、皮肉にも「バロック」のアニメが好評なおかげで、抱き合わせ的に「サザエさん」の視聴率も上がってきている。
それはつまり、「サザエさん」を見た後で、アニメ「バロック」を見る人がほとんどだということを示していた。
(終わった……)
赤坂はそう思った。
おそらく明日の「週刊少年ダイブ」の発売後は抗議が殺到するだろう。
というより、これまで無事だったことがそもそもおかしなことだったのだ。
しかし、もうどうしようもない。
ああ連載打ち切られたらどうしよう。
もう自分じゃ新しい話は考えられないよなあ。
それより連載させてくれるかどうかも怪しい話だ。
そんなことを考えながら迎えた月曜日。
赤坂は家にいたくなかったが、いつもこの日の夕方にはネームの打ち合わせをするので、仕方なく家にいた。
しかしもはやパクリでネームを描く気も起こらない。
ボーっとしていると、電話がかかってきた。
赤坂はどっきりする。
まだ昼前だし、こんな時間にいつも電話はかかってこない。
何だろうかと暫く出るのをためらっていたが、意を決して電話をとることにした。
担当の千代田氏だった。
やっぱり編集部に抗議の電話が殺到しているのか。
そう思っていたら、案の定千代田氏の声は暗い。
「そのですね、お忙しい所申し訳ないのですが、至急どうしても会っていただきたい人がいるんですが」
(あーいやな予感がする)
「実は江森さんて方なんですけど。知ってますかね?」
赤坂には聞き覚えのない名前だった。
「実はあのサザエさんの脚本家の方です」
(来たな。ついにこの時が……)
しかし断る訳にもいかず、赤坂はやも得ず出掛けることにした。
場所は都内某所の高級中華料理店。
昼食を兼ねての会合ということは聞いていたが、その場所の重々しい雰囲気に、相手方の並々ならぬ決意(何の決意かはわからないが)が伝わってくるようで恐ろしかった。
約束の時間の30分前に着いたつもりだったが、先方は既に到着していてますます焦る。
席に案内されると丁重に迎えられる。
赤坂は恐縮するばかりで、謝辞すら出てこずに、ひたすら頭を下げお辞儀を繰り返しながら席に着いた。
「さて、何か頼みますか」
と相手方の付き人らしき人がメニューを覗くと江森氏は、
「藤田さん!」
と肘で小突いて彼を制する。
(こりゃ、本格的にキレてるなあ……)
江森氏の緊張した顔を見て、赤坂は思わず目を伏せる。
藤田氏は気を取り直して話を進める。
「そ、そうですね。じゃあまず本題をすませてからということで」
その言葉を聞いて緊張の糸が切れた赤坂は、相手に何か言われる前に謝ってしまえとばかりに、席を立とうとした。
その瞬間、江森氏が突然立ち上がる。
(やばい、出遅れた)
と赤坂が思ったその時、
「すいませんでした!」
と深々と頭を下げたのは江森氏だった。
何がなんだか分からず、ポカンと間抜けに口を開けっ放しの赤坂。
担当の千代田氏は、
「まあまあ頭を上げてくださいよ」
と取り成している。
藤田氏も一緒になって頭を下げていたが、やがて説明を始めた。
彼にしてみたら言い訳のつもりだったのだろうが、その時の赤坂はそんな悪意を持って話を聞くことはもちろんない。
ただただ心配していたような事態はとりあえず無いようだと、ぼんやり考えるだけだった。
藤田氏の説明によると、江森氏は赤坂の「バロック」の大ファンらしく、連載当初からずっと読んでいたらしい。
江森氏はその当時はまだ「サザエさん」の脚本は担当しておらず、別の番組の放送作家をしていたという。
そして2年ほど前から「サザエさん」を担当することになる。
「最初は国民的アニメを担当できる喜びと、自分だったらこんな話を書くのにと前々から考えていたのもあって、順調にシナリオを書き続けました」
と江森氏が間に入る。
「しかし、一年経つとまた同じ季節を繰り返すこととなり、そうなると新しいアイディアが浮かんでこなくなってきたんです」
それで江森氏は頭を悩ませていたのだが、そんなときでも習慣になっていて「バロック」を読む。
「ちょうどその当時、展開が変わってまた面白くなってきていたので。そこで気付いたことがあったんです」
そこまで言いながら、江森氏はその先を言いよどんでいるようだった。
しかし、観念したように再び話始める。
「バロックのキャラクターの関係がサザエさんでも使えそうな気がしたんです。ほら、主人公がサザエさんで、弟がカツオで、そう考えていくとほとんどのキャラがピッタリくるんです」
そう言われて赤坂は、初めて気付いたと言わんばかりに目を見開きながら何度も深く頷いた。
そんな赤坂の表情にますます恐縮した様子を見せながらも、江森氏は話を続ける。
「それで行き詰った私は、バロックのネタをサザエさんのシナリオに取り入れることにしたのです」
赤坂は驚きのあまり、もともと半開きだった口を大きく開けた。
「サザエさんは毎週3本づつなので、新しいネタだけでは追いつかないから、とりあえず古い回から順番に使っていきました。使い始めの時は抗議がこないかどきどきしましたが、それもなく、むしろ視聴率も上がっていきました」
話を続ける江森氏のとなりで、藤田氏も神妙な顔で頷いている。
一方、千代田氏はどういった態度をとるのが適切か分からないといった感じで、薄笑いを浮かべながら忙しく双方をちらちらと見ている。
「それで安心した私はその後もどんどんバロックのネタをシナリオに変えていきました」
そんな藤田氏が再び冷や汗を掻いたのが「バロック」のアニメ化だったという。
「しかも枠はサザエさんのすぐ後と聞いて、さすがにこれはまずいだろうと思いました。でもその頃にはもう自力でシナリオを書くことはとても出来なくなっていました」
赤坂もアニメ化当時の気持ちを思い出し、江森氏に親近感を感じた。
「それでまあ、昔の回からやるわけだろうから、かぶることは無いだろうと自分勝手に考えて無理やり自分を納得させました。そしてその後もバロックを利用し続けました」
しかし、やはり週3本の「サザエさん」のペースは速かった。
「だんだん追いついてきて、ついに昨日の放送分の第1話目が、そのすぐ後に放送されたバロックの話と内容がまったくかぶってしまったのです」
「なんですって!」
そこまで半ば放心状態で話を聞いていた赤坂が、急に素っ頓狂な声を上げる。
「知らなかったんですか?」
と千代田氏。
「あー、実は昨日はたまたま見逃していまして。」
と誤魔化す赤坂だったが、昨日の「サザエさん」の放送を見た時点で、自分のパクリが明るみになることに頭が一杯で、アニメ「バロック」は見る気にもならなかった。
「そうですか。幸い直接不快な思いをさせなくて済みましたが、たいへん失礼なことをしました」
江森氏はただただ必死に謝る。
藤田氏も隣でぺこぺこと頭を下げている。
赤坂はそんな2人の言葉が頭に入らないほど自分の考えに没頭していた。
(どうしてそうなったのか分からなかったが、やっとこれで納得がいった。
何故、今回自分が描いたネームと昨日の「サザエさん」の1話目が全く同じ内容になっていたか。
そして自分は見ていなかったが、その話と昨日のアニメ「バロック」の内容も全く一致していたという。
自分はネタはパクルが、ある程度のアレンジは加えていた。
それが何故ピッタリ同じ内容になってしまったのか……)
つまり赤坂は「サザエさん」に赤坂のアレンジを加えて話しを作り、江森は「バロック」に江森のアレンジを加えてシナリオを書いた。
それぞれに同じ要素に足りない部分を付け加えたため、同じものが出来上がってしまった。
「a+b」の「サザエさん」に赤坂による「c」のアレンジで出来た「a+b+c」の「バロック」。
「b+c」の「バロック」に江森氏による「a」のアレンジを加えて出来た「a+b+c」の「サザエさん」。
作る過程は違っても、出来上がったのは同じ「a+b+c」というシナリオというわけだ。
赤坂は考えながら笑いがこみ上げてきた。
そんな赤坂を、残りの三人は不気味な者をみるような目で見ていた。
「いやあ、そんな国民的アニメにオマージュされるなんて光栄なことですよ。これからもどんどん使ってやって下さい」
赤坂は笑いをこらえながらそう言った。
「そ、そうですよねオマージュ、オマージュですよ。決してパクリなんかじゃないですよね」
千代田氏もそう言ってとりなす。
「そう言っていただけるとこちらも助かります」
江森氏は思いもよらなかった赤坂の態度に、戸惑いながらもほっとした表情を浮かべる。
「じゃ、じゃあ、そういうわけで乾杯でもしますか」
何がそういうわけなのかは分からないが、ここは藤田氏の言うとおり、みんなで乾杯しておくのが無難だろうと、他の三人も思った。
宴会は最初の緊張が無かったかのように盛り上がった。
その後も何の問題も無く二つのアニメ番組は続いた。
しかし、赤坂は漫画のネタで「サザエさん」をパクルのはやめた。
今は「こち亀」をパクっている。
またまた新しい展開に、テコ入れ大成功で人気が再浮上した。
そんな状況とは裏腹に、赤坂はちょっとだけ心配だった。
(「サザエさん」も週3ペースじゃもうすぐ追いつくだろうし。
そうなった時に江森氏が「こち亀」をパクリだしたらどうしよう)
そう考えると赤坂は、次のパクリ先を探して、あらゆる、漫画雑誌をくまなく読むのだった。
END
[テーマ:短編
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