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「じゃあさ、一旦ここで休憩をとって、ついでにお昼も食べよっか」
「そうね。それがいいんじゃない。それで……」 そこで言葉を切って、亜美は、目を閉じて耳を澄ませるような、素振りをする。 文太は、地図を見ながら話していたので、亜美のそんな仕草に気付かず、 「で、ここのI.C.で、高速を降りるのが一番近いと……」 「しっ!」 亜美が文太の言葉をさえぎり、人指し指を立て、口の前にあてる。 「どうしたの?」 何となく分かっているが、一応文太は聞いてみた。 すると、亜美は目を開け、 「今、揺れたよね?」 「揺れないよ」 またか、と言った顔で、文太はつぶやいた。 「揺れたって。絶対揺れた」 「いいよ、分かったよ。揺れた、揺れた」 「何よ。信じてないでしょ」 「信じてるよ。じゃあTVつけてみるよ」 言うと、リモコンを取って文太はTVをつけ、チャンネルをNHKに合わせる。
しかし、そこには見たこともない歌手が出演する歌番組がやってるだけで、速報もなくテロップも流れない。
亜美は文太からリモコンをひったくり、次々とチャンネルを変えていくが、どこも通常の番組でテロップもない。 一周して再びNHKに戻っても、やはり同じ歌番組。 「おかしいなあ」 真剣な顔で首を傾げる亜美を見て、溜め息混じりに文太は言う。 「おかしくないよ。いつもそうじゃないか。揺れてる、揺れてるって言ってもちっともわかんないし。TVで見ても何もない。気のせいだよ」 文太は亜美のことを愛している。 自分から告白して、口説き落としたし、ようやく付き合うことが出来て一年。 最初は初めてのデートの時だった。 張りきって予約したホテルのレストラン。 「今、揺れたよね?」 全く何も感じなかった文太だが、その時は、 「うん、何かね」 と、とりあえず言った。 その時は、「やっぱりね」と満足そうにしきりに頷く亜美を、すごく可愛く思えたものだった。 しかし、それも毎回のデートの度に、しかも毎回文太自身は何も感じないとなると、話は変わってくる。 気のいい文太は最初のうちは、自分が鈍感なのかも、と思った。 しかし、他の多くの人がいる前でも、同じ様に「揺れた」と主張する亜美。 そして自分と同じ様な反応を示す、周りの人々を見る内に、やはりおかしいのは亜美の方なんじゃないか、と思い始める。 お互いの部屋を行き来するようになって文太は、「揺れた」と彼女が言う度にTVをつけて、確かめるようになった。 それから彼女が「揺れた」と言う回数は、もう覚えてないが、その間、彼自身が揺れを感じることは一度もなかった。 「地震がありました」とTVが言うこともなかった。 最近では、もう諦めている。 そのことさえ無ければ、本当に可愛らしくて、優しい理想の彼女なのだ。 「やっぱり信じてないわね」 「だって実際揺れてないじゃないか」 出会った頃にはとても言えなかったが、今は少々きつい言葉も言える。 そういう深い仲になったとの自負が、文太にはあった。 「揺れたのに」 しかし亜美も、それ以上は何も言わず、今度行くドライブの予定の続きを、二人で仲良く決めた。 「じゃあ、日曜日ね」 「うん。着いたら電話するから」 亜美は文太の部屋を出て、駅に向かった。 「最近は、送ってくよって言ってくれなくなったなあ……」 亜美も、自分の「揺れた」と言ってしまう癖を、どうにかしたかった。 小さい頃からそう言ってきた。 理由はない。 ただ揺れたと感じたから、それを口にするだけだ。 しかし、今までそれに同意してくれる人はいなかった。 だから文太が最初のデートの時、 「揺れたかも」 と言ってくれた事が、すごく嬉しかった。 今でも覚えている。 実際は、「何かね」と曖昧な言葉だったのだが、亜美にとっては初めて、自分が認められた瞬間だった。 高校や短大に合格した事より、就職活動で内定を貰った時よりも、自分を肯定された気分だった。 大袈裟かもしれないが、それほど誰からも同意を得られたことがなかったのだ。 ことこの「揺れた」ということに関しては。 別に、予知能力があるわけではない。 いつも感じるのは、「揺れた」という感覚であり、これから揺れるだろう、ということではない。 しかし、周りは揺れてないと言う。 周りが揺れたと言うものを、前もって予知出来るわけでもない。 それも普通に、周りと同じ様に感じる。 ただ自分は、周りの人も感じない、おそらくTVでも報道されないということは、地震計にも感じない、僅かな揺れも感じてしまうのだ。 亜美は決して揺れてること自体を否定することなく、そう自分の都合のいいように考えるようになった。 だから文太も、同じ様に思ってくれてるものと信じていた。 文太自身が揺れを感じてなかったとしても、亜美は敏感に、彼の感じない揺れも感じているのだと。 しかし、やっぱり文太も、ただ単に亜美の気のせいだと思っているみたいだ、と亜美は悟った。 亜美ももう諦めていた。 例え文太が揺れを信じてくれなくても、彼はそれ以外のことは、自分を信じ、愛してくれているのが実感出来たからだ。 亜美にとっても、文太は最高の彼氏だった。 はっとして亜美は、横の男性に言った。 「今、揺れましたよね?」 「ええ、そりゃまあ電車ですからね。揺れるでしょ」 男は怪訝そうに亜美のことを見ながら言う。 「そうじゃなくて、その、……いえ何でもないです。すいません」 亜美は諦めて思った。 「またやっちゃったなあ、……何ですぐに思ったこと口に出しちゃうんだろ。他のことはそんなこと無いのに。揺れた時だけ……」 亜美は少し憂鬱な気分のまま電車を降り、自分の部屋に向かった。 「ええ、はい。それで大丈夫です。じゃあそちらには四時頃着きそうなので、はい、よろしくお願いします」 そう言って文太は、今度の日曜日に泊まる旅館への電話を切った。 久しぶりの二人で泊まりの旅行だった。 温泉地に向かって、紅葉を楽しみながらのドライブ。 予約した宿は、温泉はもちろん、地元産の牛鍋料理と地酒が自慢だという。 年寄りくさいと言われそうだが、亜美も文太もそういう落ち着いた旅が好きな点でも気が合った。 電話が鳴る。 携帯の画面を見ると亜美だった。 「もしもし、今着いたよ」 お互いに別れたあと、家に着いたら相手に電話をする。 どちらから言ったわけでもないけど、自然に決まった二人のルールだった。 電話がかかってこないと、何かあったのかと二人とも心配するからだ。 「ああ、宿大丈夫だったから」 「そう、良かった。ごめんね、任せちゃって」 「いいよ。こういうの結構好きだから」 「ありがとう。あっ……」 「何?」 文太は聞いたが、亜美は黙ったままだ。 察して文太は自分から聞いた。 「今、揺れた?」 しばらく沈黙した後、 「うん……」 文太は電話を切ってから、一応TVをつけてみたが、どのチャンネルも通常の番組を流していた。 日曜日は、朝から素晴らしい天気だった。 紅葉のシーズンには少しはやいかもしれないが、行楽シーズンの連休には変わりなく、渋滞が心配だった。 しかしドライブをするには、丁度いい車の流れ具合だった。 予定通りのサービスエリアで、休憩を兼ねて昼食をとる。 少し高台になっているS.A.地内の裏手を覗くと、見事な色付きを見せる木々が、集まった観光客の目を楽しませていた。 文太も早速バッグからデジカメを取り出し、人々の関心を集める風景を、切り取って収めた。 亜美はその集団に混ざって、色付く山々を眺めている。 文太は今度は亜美に焦点を合わせて、シャッターを押した。 文太に気付いた亜美は、 「ねえ、誰かに撮ってもらおうよ」 と言った。 文太は近くにいた親子連れの父親に頼んで、紅葉をバックに二人の写真を撮ってもらった。 お返しに彼らのカメラで、家族の揃った写真を撮ってあげた。 休憩を終えて二人は、再び車に乗り込んだ。 その後の道も混むこともなく、ドライブは順調だった。 目的のインターチェンジまで、あと5㎞。 一周したCDを交換するために取り出した亜美は、出てきたCDを持ったまま固まった。 「どうした?」 微かな車のエンジン音だけが響く、少し重い沈黙。 「今、揺れたよね?」 まさかとは思ったが、文太は呆れて言った。 「揺れたって運転中だぞ?車に乗ってるんだぞ!わかるわけないじゃないか!」 文太は少し興奮気味に言った。 「そうよね……」 そう言いながらも、亜美が納得していないのは明らかだった。 文太は手を伸ばしてラジオをつける。 次々とバンドを変え、 「どうだ、どこでも地震情報なんてやってないぞ」 「うん、わかった」 文太には、とてもわかったようには聞こえなかった。 「いい加減にしろよ!いいさ、揺れを感じるのは別に。でも何も口に出さなくてもいいじゃないか。黙ってればいいだろ」 「うん、そうだよね」 その言葉は本気であることが文太にもわかった。 亜美があまりにも済まなさそうにシュンとしているので、彼もそれ以上何も言えなかった。 新しいCDをカーオーディオに入れ、流れる音楽を聞きながら亜美は考えていた。 何故、自分が揺れを感じるのか。 どうしてそれを、人に伝えようとしてしまうのか。 考えるというより、既にわかった。 わかってきた。 最近になって段々揺れを感じる間隔が、短くなってきていた。 そして、揺れる感覚も強くなってきている。 ―これだ。これをみんなに知らせるためだったんだ― 亜美は同時に、狼少年の話を必死に思い出そうとしていた。 いつもいつも「狼が来るぞ!」と嘘をついていた少年は、最後に本当に狼が来た時にどうなるんだったっけ? みんなは信じなくて食べられてしまって、知ってる少年だけが助かるんだったっけ? それじゃあ教訓にならないか。 でも一人だけ残されたとしたら、それはそれでつらいかな。 私の場合は…… 「どうした?」 亜美が急に空いてる方の手を握ってきたので、文太は聞いた。 何も言わない亜美の方をチラッと見ると、 「何でもないよ」 と言いながら微笑んでいた。 亜美は思った。 本当に大変な時は、人は何も言えなくなるんだなあ、と。 そして、例え言ったとしても、それでどうにかなるものではないことも。 今はもうはっきりと確信していた。 I.C.まであと少し。 車は相変わらず順調に走っていた。 今のところは…… END [テーマ:下手な短編小説ですが・・・。 | ジャンル:小説・文学] |
これいい。想像力を掻き立てられる。星新一さんを思い出した。
【2006/06/07 18:51】
URL | omoteura #-[ 編集]
omoteuraさんへ
ありがとうございます! 星新一さんは僕の目標とする作家の一人です。 ショートショートに関しては、かなり星さんを意識して書いています。 |
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